<岐阜県高山市でピラティス>最近体をこわしまして

体調不良って、悪いだけじゃないかも

最近すっかり秋らしくなってきました。2018年の夏はなかなか変化の多い夏、というイメージでしたが(私の中では現在進行形)みなさんはどうでしたか?

今年の夏は続けざまに体の調子を悪くしていて。

首が完全に動かなくなる(ものすごく久しぶりに整形でレントゲンしました)寝たきり。

すごい高熱で3日間倒れる。寝たきり。

子供からマイコプラズマをもらいなんと肺炎になる。再び寝たきり。

これだけ書くとなんてネガティブなんだ、と自分でも思いますが、ネガティブな中にも何だかすごい宝物みたいなものを感じているんですよ、不思議なことに。辛いし、仕事を休まなくてはならず皆さんにご迷惑をおかけして、今まで感じられてなかった体の無理を感じて、と涙が止まらないという時もあったりして、気持ちの浄化もありました。普段無理をしすぎる傾向を省みたりと、実際的なことも多々起こっているのですが、それよりももっと深い部分で何かが根本的に変化し始めているのをにわかに感じるのです。それがどんな変化なのか、はハッキリしていない。でも、わかる必要もない感じがするのです。頭でどうこう分析するのを置いておいて、勝手に「再生」している自分の体と「何か」を、ただ再生が完了するのを療養して信頼して待つ、そんな気持ちなのです。

ところでこの記事興味深いし、今回の「再生」と繋がるんです。原文だから英語ですし長いですし、なんですが、、、要は「傷ついた細胞が自己治癒しようとする過程で原始の状態、つまりは幹細胞の状態まで一旦自ら後退し自己を癒しているということが発見された」というもの。一旦ベイビー細胞にまで戻って「再生」するという。まさに、ではないでしょうか。

“To Heal Some Wounds, Adult Cells Turn More Fetal”

from Quantamagazine

https://www.quantamagazine.org/in-paligenosis-adult-cells-turn-fetal-to-heal-wounds-20180829/

人間ってどこか意志でグイッと事をなしていくことって多いと思うんですよね。病気にしても一番効力のある薬を投入して早く治そう!とか、私が教えさせてもらっているピラティスなんかの体の姿勢や美容にまつわることだってよく同じことが起こっているのを見ます。「ここがもうちょっと出っ張ってた方がいいからこうやって立とう!」とか、「だったらそこだけ筋肉を付けて盛り上げればいいんじゃない!?」とか。「早く」「理想の」状態を手に入れようと思うのは人間の本能に備わっていることなのかな。私も、気持ちは分かるけど、でも今回の不調を通して自分が何を大切に思っているか改めて確認しています。やっぱり「グイッと」は全体の調和のエネルギーから外れているんだよね。全体が調和していて初めてそれは健康を意味し、健康は美しさとイコールなんだよなって。

今回の肺炎でお医者さんには「入院も点滴もしなくていい肺炎の最終兵器」と言って化学療法が処方された。このお医者さんは普段から勘のいい先生だなと信頼している先生ではあるのだけど、さすがにこの薬は怖すぎて投入できなかった。症状があんまり厳しいし、早く治して仕事に復帰しなきゃと思い何度飲もうかと思ったけど、やはり飲めなかった。セフェム系の抗生物質がまったく効かなかったから、もうこの化学療法しかないんだよな、ってこともわかってた。でも、飲めなかった。なのでこの際時間がかかるのは覚悟で、辛いの覚悟で、迷惑覚悟でじっくり自分の体が一生懸命に表現しているメッセージに耳を傾けることにした。聴こえてくるメッセージは切実で、素直で、何度も泣いたけど、今まで極力無視してきた体のメッセージだったから、とにかく聞こう、と思った (ホメオパシーと、オーストラリアの医療レベルのティートリーオイル、カナダのナチュロパスが作っている喉のスプレー、スッポンスープ、マヌカハニーを自己流の自然療法として取り入れた)

そうしたらやはり、体の底から、再生が起こっている感覚がある。ゆっくりだけど、表面の辛い症状が少ーしずつ晴れていく下には、期待も想像もしていなかった姿がチラッと存在をのぞかせている感じがする。それがどう「新しい」のかは分からない。体と心が不調を乗り越える過程で自然と起こしている有機的なこと。これは普段私が「私」と思っている意識を超えている。

こんなこともやっぱり、普段レッスンを教えさせてもらっている時に私が大切にしていることのひとつだよな、と思う。普段自分が思っている「私」(つまりは普段の脳の回路)を一旦お休みにさせて、エゴを、一旦お休みにさせて、体の状態そのものを意識してみる。いつもと違う感覚を感じ始める。視点が変わる。脳の回路が変わる。すると、グイッとなんてしなくたって、体は変わる、というよりはより自然で無理のない体に戻り、進化する。

エゴやコントロール、ちょっとお休みだな〜。って思います。

追加

さっき幼馴染とLINEしていて、私が「底の方からよくなってるかんじ」と書いたら「生命力だね〜♪」って返事が。それでなんかひとつ腑に落ちました。今回の不調続きで最後に見えてきているのは、「私」を超えて私を貫く、私以外の全ての生命を貫く生命力だって。

考えてみれば、落ち葉がミミズや色々な生命によって分解されて土になっていくこと、子供が生まれる時に何度も押し寄せる強烈な「波」、生まれる時と同じようにひとつの生命の身体が終わって魂が抜ける最後に起こる「波」も、そして誕生の場でも死の場でもそれが終わった時に広がる言いようもない平穏も、野の花や草が太陽に輝くその姿も、同じ雰囲気を放っている。「私」を超えて私を生かして動いているのは、生命力なのだなあ、と腑に落ちました。なんだかもう、感謝しかないなあ、とそう思う。

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