2018年の冬至を過ぎて

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22日は冬至でした。冬至は、一年の中で最も太陽の光が少ない日、とされています。この日を境に、光は再び増していき、新たなサイクルが始まります。自然の営みとして一年を見た時に、冬至はひとつの締めくくりと再生と捉えることができます。個人的な発見として今年は更に、クリスマスというお祝いが、古代ゲルマンの人々のユールと呼ばれる冬至のお祝いと、太陽神を信仰しているゾロアスター教の人々が25日を再生の日として祝っていたことから、対立する二つの文化の統制を図る形でキリストの誕生とクリスマスをその日に当てはめた可能性があるとする説を知り、去年まで以上に冬至のお祝いをする気持ちが強くありました。実際には、22日という日付は目安としてあり、その前後で自然に耳を傾けてみると、地中深くに佇んでいる自然の無音、ぎゅっと確かに佇む様子を、感じられる気持ちでした。そして、日を追うにつれて凝縮が少しずつ緩んでいく様子が今、感じられるように思います。そんな様子を、朝窓を開けて、新鮮な空気を部屋に入れると共に感じることは、楽しみなことであり、気持ちのいいことです。

その冬至が過ぎて、私の中では新しい年を迎えた感覚です。そして今、個人的な「変化」や「移動」の時に思うこと。それは、どれだけ実際に計画や下調べから得る情報が必要な場合でも、自分の中心を自分が一番に大切だと感じることから逸らさずに置いて事を進めなければいけないな、ということです。私にとってのこの中心は、自然が自分に語ってくれることに耳を澄ますことです。これは、思えば私が小さい頃から大切にしてきた想いで、大きくなるにつれて忘れかけていたものです。2017年の秋から2018年、今年の秋にかけて集中的に「自然との関わり」というテーマに取り組んだ結果、この自然への想いが再び蘇りました。とても鮮明に。せっかく思い出せた自然への想いを、これからもより築き上げていき、日常に具現化したいと思っています。

自然との関わりに寄り添う生き方を実行できるのは、「いつか」のこと、とどこかで思っていた。でも、きっとその「いつか」は既に「いま」なんだなと、ちょうど今日、思いました。ピリッとする思いです。どれだけ欲や焦りに流されず、大切だと感じている軸を忘れずそこを持ち続けられるか。ひとつひとつの選択が自分の器にかかっています。

自然が私に語りかけてくれていること。そして私という人間の個人的で人間的なニーズ。このふたつがぴったりと、妥協することなく、手を取り合う場所をひとつひとつ見つけていきたいと思っています。

春には引越しの話が出ている我家。大好きな飛騨の大自然と離れることが悲しいと感じています。でも、様々なニーズを総合的に見て帆を進めたいと思っています。次の地でも、自然の声を聴き続け、人生をその声に沿って形作っていこう。そう決心をする、今日です。

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